批判するなら人格ではなく意見を批判しよう!

「お前はダメだ!」
と、
「お前が言っていることはダメだ!」
と。

もし、誰かに言われたらどっちが凹みますか?
言うまでもなく「お前はダメだ!」じゃないでしょうか。

凹むどころか「何だとコノヤロー!」となってしまいそうです。

一方「お前が言っていることはダメだ!」はどうでしょう。
「私の言っていることのどこがダメなのか教えてください」となりませんか?

どっちが発展的なコミュニケーションになるかは言うまでもありません。
しかし、私も含めて感情的になったときに言ってしまいがちなのが前者の「お前はダメだ!」

こうなると売り言葉に買い言葉でシッチャカメッチャカになります。
今日は自戒を込めて伝えたい…

「批判するなら人格ではなく意見を批判しよう!」

たった一度の失敗も許さない雰囲気

最近、失敗したひとに厳しくないですか?

「失敗から学ぶことはたくさんある」とか
「失敗は成功のもと」とか
「失敗してはじめてひとは学ぶ」とか

「失敗しろ、失敗しろ」って口では言うくせに、失敗したひとに厳しくないですか?
なんですぐに「お前が言うな」って言論を封じてしまうのだろう。

前科者だろうが、周りに迷惑をかけまくったひとだろうが、自己破産したひとだろうが。
何か言えば「お前が言うな」

意見を批判するのは考え方はひとそれぞれだからいいとしても、意見を通り越して人格までまるごと批判するのはどうなのかなって思うわけです。
当然、また同じ失敗をしてしまうひともいるでしょう。
しかし、その理由が“失敗者の烙印”を押されて周りからまったく受け入れられなかったからだったしたら…

私もこれまで失敗なしで生きてきたわけじゃありません。
当然、失敗したくて失敗したわけじゃない。
それで、その失敗については本人が乗り越えたとしても周りはそう見てくれないことも多い。
やはり「お前が言えることじゃないよね~」なんてことも。

でもねでもね。
一度失敗したひとだから、言葉に説得力があるんです。
例えば、薬物中毒者が「薬物には絶対手を出しちゃいけないよ」と言った場合。

中毒に陥ってしまったひとだからこそ言えることが必ずあります。
それが薬物中毒者をこれ以上拡げないための啓蒙活動になるかもしれない。

しかしやはり、「お前が言うなよ」というひとも必ずいる。
「お前が言うな」って何なんでしょうか。
ハッキリ言って「お前が言うな」じゃなくて「あなただから言えることがある」だと思うんです。

言いたいことも言えないこんな世の中じゃ… 

さいごに

「あいつのことは大嫌いだけど、言ってることはすべて正しい」という意見も当然あっていいと思います。
しかし「あいつのことが大嫌いだから、言ってること全部ムカつく」の方が多い気がします。

人格と意見は分けて考えたいものです。

逆に盲目的に「◯◯さんは神だから、何言っても正しい!」なんて気持ち悪いことこの上ない。
考え方や価値観、意見が全部同じなんて100%ありえないはずですから。

人格と意見をごっちゃにしちゃうと、『◯◯さんに「それは違うと思うよ」って言われた~ムカつく!』ってなっちゃいます。
せっかく愛を持って批判してくれたかもしれないのに。
そして、相手に「違う」と思うことも自分からは言えなくなってしまう。

愛を持って「違う」と伝えるのはいいことです。
伝わらなかったらそれは仕方ない。
相手は人格と意見をごっちゃにするひと。
「そういうひとなんだな」と思えばいいんじゃないでしょうか。

まあ、こんなこと言ってますが、冷静なときはいいんですけどね(ブツブツ)
自戒、自戒。

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