ひきこもりの経験から得られたもの

私の過去シリーズ。
今日は「ひきこもり」です。

大学四年間ひきこもり生活

学生時代の四年間、私はひきこもりでした。
バイトもせず、ただただ家でゲームをする日々。
友達はひとりもいませんでした。

Facebookの友達。
学生時代の友達がみなさん最低ひとりくらいは繋がっていると思います。

私はいません。
そもそも当時いなかったから当たり前といえば当たり前。

人間関係が何もない日々の生活でした。
好きでそうしていたのか、というとそんなわけはありません。

楽しい学生生活を送りたかったけど、その“送り方”がわからなかったのです。

なぜ、ひきこもりになったのか

入学式。勇ましくスーツを着てひとり暮らしのアパートから出かけます。
キャンパスに着いたとき、そこには当時の私には受け止めきれない光景しかありませんでした。

飛び交う関西弁。(同志社大学)
すでにグループで行動している内部生。
ハイテンションな部活動の勧誘。

何かすべてが自分には合わないと感じてしまいました。
特に宮城からひとり京都に飛び立った私には、地元宮城の方言で話してしまうことにもの凄いコンプレックスを抱いてしまいました。

初日から、私にとってキャンパスは“なるべく距離を置きたい存在”になってしまうことに。
ひとと話すことも嫌だったので、家から出ることも買い物以外なくなりました。

そんな日々が実に四年も続くことになります。

当時一番つらかったのは、親に正直にその事実を伝えられなかったこと。
今でこそ笑い話ですが、当時は「学生生活を謳歌している大学生のふり」を帰省したときにしなくちゃならない。
プライドだけはいっちょまえでしたから、それはもう必死でした。

結局、ひきこもりを克服できずに大学をなんとか卒業し、京都から逃げるように去ることになります。

ひきこもりの経験から得られたもの

ひきこもりの経験から何を得られたのか。
当時、ひきこもりじゃなかったとしたら、現在に何か影響しているだろうか。

そう考えると一番影響が大きいのは人間関係です。
今は当たり前のようにたくさんの方と連絡を取っていますが、当時はそれが当たり前じゃなかった。

誰かとご飯を食べに行きたくても連絡する相手がいない。
誰かとどこかに遊びに行きたくても連絡する相手がいない。
そう、誰もいないんです。誰も。

それが今は当たり前のように毎日誰かと連絡を取り合っています。
変にへりくだった言い方になりますが、私の相手をしてくれる誰かがいる。
そのことが、当時何もない状況を経験しているからこそ、本当に感謝したい気持ちでいっぱいなのです。

「俺なんかの相手してくれてありがとう」

今でもこんな気持ちになります。

だから、友人をないがしろにするような言動をする人間には非常に嫌悪感を抱いてしまう。
誰かとコミュニケーションを取れることが当たり前じゃなかった私からすると「何贅沢なことを言ってるんだ」と。
「相手してもらうだけありがたく思え!」とさえ感じてしまうわけです。

さいごに

私がひきこもりになったもうひとつの原因が見た目に対するコンプレックスです。
18歳当時、体重は80kgを超えていました。
だから非常に自分に自信がなかった。
キャンパスって、リア充の塊にしか見えなかったわけです、当時。

それで見た目が変われば何か変わるかなと思ってダイエットを試みました。
半年間で25kg痩せまして、55kgに。
これくらい痩せるとほぼ別人になるのですが、見た目は変わっても私の性格までは変わらず。

結局痩せたところでひきこもりのままという事実は変わりませんでした。
当時のことはたまに思い出します。そして後悔もしています。
「なぜ、行動しなかったのだろう」と。

バイトをすれば何か変わったかもしれない。
サークルに入れば何か変わったかもしれない。

しかし、もう考えても仕方のないこと。
失敗も後悔の念も、今に活かすしかありません。

過去の事実は変わりませんが、過去を現在に活かすことはできるはず。
そう考えるようにしたら、後悔しかなかった学生生活四年間も、輝かしい過去の事実に見えてきました。

ひとそれぞれ、過去に後悔していることがあると思います。
それは必ず自分の現在に活かせるはず。

そう考えると、過去の経験が現在の自分に活かせるのならば、きっと現在の自分が未来の自分を活かしてくれるはず。
何事も前向きに考えたいものです。

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