なぜ『パネルクイズアタック25』に出場したかったのか

自分自身の過去を振り返る上でどうしても外せないのが『パネルクイズアタック25』

パネルクイズアタック25

『アタック25予選オーディションで学んだこと』
⇒ http://ryoki-blog.net/2014/09/entry3209.html

今日は、なぜ私がこの番組に出たかったのか、についてです。

「俺が出たら絶対勝てるし」

小学生の頃から毎週日曜日の昼はテレビの前。
NHKのど自慢⇒新婚さんいらっしゃい!⇒アタック25
なぜか佐藤家はこの3コンボでした。

最近はほとんどなくなった素人参加型のクイズ番組。
『パネルクイズアタック25』は司会の児玉清さんが亡くなってからも今もなお続いている長寿番組です。

そんなアタック25ですが、テレビを見ながら自分も答えるわけですが、「俺が出たら絶対勝てるし!」としか思えませんでした。
ただ、「自分が出る」というイメージは当時まったく描けずにいました。
単純にそこまでする行動力が備わっていなかったということです。

“人生に弾みをつけたい”

大学受験。これは親から言われてです。
同志社大学も受けたくて受けたわけではありません。

司法書士。これもいわば成り行きです。
司法書士になりたくてなったわけではありません。

学生まで親が敷いたレールを進んできました。
司法書士事務所に入所したのも運がよかったから。

だから、何をするにも自信がなかった。
「自分で決めて、自分で結果を出す」
今でもこれが自信を作り出す源泉だと思っているのですが、この経験がまったくなかった。

そのときに、ふと挑戦したいと思ったのが『パネルクイズアタック25』です。
予選オーディションのときに熱く想いを伝えるとともに伝えたのが“人生に弾みをつけたい”ということ。

“人生に弾みをつけたい”
この言葉は放送日のラテ欄に載るほどでした。
さらに、放送内でも司会の児玉清さんよりこの言葉について触れられました。

後でスタッフの方に伺ったのですが、児玉清さんが出場者である私のリストを当日見たときに“人生に弾みをつけたい”という言葉をかなり気にされていたようです。

私の人生に信じられないほどの弾みがついたのは言うまでもありません。

さいごに

『パネルクイズアタック25』に出場して旅行を獲得した司法書士。

この“肩書き”があったから今の私がいるといっても過言ではありません。
それくらい私の人生にとって大きな出来事でした。

超人見知りな私ですが、この肩書きがひとり歩きしてくれたおかげで話しかけてもらえます。
「おもしろいひとがいるよ」と紹介もしてくれます。
独立当時の実績がない私にとっては唯一の武器でした。

この番組には本当に感謝しかありません。

そして、児玉清さん。

2008年のチャンピオン大会の収録日にたまたまお手洗いがいっしょになりました。
※このときはボロ負け
身長が180cm近くあり、近くだと圧倒される迫力なのですが勇気を出して話しかけました。

「児玉さん、私、悔しいからまた出たいと思っています。また来ますね」と。
そうしたら児玉さん。

「ありがとうございます。でも私、そのときまで生きているかなあ…」

それから3年後、児玉さんはお亡くなりになりました。
児玉さんが司会をされている間に出場することができて本当に幸せです。

今でも自信を失いかけそうになるときは私が出場したときの放送を見ます。
見ると本当に輝いているんですよ、自分笑
2ちゃんねるで「リア充死ね!」って叩かれるほど輝いてました。

あまり過去を振り返らない自分ですが、番組に出た経験だけは例外で自分を鼓舞するために利用しています。

“人生に弾みをつけたい”ためには、「自分で決め、自分で行動し、自分で結果を出す」
ということを再認識した経験です。

あーまた出たい。

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