いらないコメントが付いてしまうのは自分のせいかもしれない

Facebookの話ですが、以前はずいぶんとおちゃらけた投稿ばかりしていました。
やはり「いいね!」を押してもらうと嬉しいですからね。
いかにウケるかを考えていた時期もあります。

そのせいか、投稿に付くコメントもいつもおちゃらけたものばかり。
当然といえば当然です。
おちゃらけた投稿にマジメなコメントをされても「空気読めよ…」と思っちゃいますからね。
それはそれでいいのです。

しかし、自分を見失っていたのも事実です。

マジメな投稿をしてもおちゃらけたコメントが付いてしまう

それでもたまにはマジメなことを投稿したい。
そう思い、マジメな投稿をするのですが、付くコメントはおちゃらけたものばかり。

「マジメな投稿なんてお前のガラじゃない」
と言わんばかりのコメントが付きます。

「今回はマジメに書いてるんだけどな…」

ブログをはじめたことがきっかけでキャラを変える

ブログを本格的にはじめてちょうど一年くらいが経ちました。
ブログではおちゃらけたことは一切書いていません。

これからFacebookでブログを更新したことを伝えていくのに、おちゃらけたコメントが入っては困る…。
そう思った私はおちゃらけた投稿をすることを一切やめました。

はじめのうちはおちゃらけたコメントも付いてはいましたが、毎日ブログでマジメなことを発信することによりそれもなくなりました。
そうした今の状況下で感じたことが「コメントに振り回されるのはそもそもバカバカしい」ということ。

「なんてくだらないことで悩んでいたんだろう。」
単純にいえばそういうことです。

いいコメントをいただいたら真摯に返し、どうでもいいコメントはスルー。
すべてのコメントに返さなければいけないなんてルールはない。
自分のタイムラインなんだから自由にやればいいわけです。

変なコメントが付いて困っている方は、もしかしたら自分が原因の可能性もあります。
変にキャラ作りする必要はありません。
Facebookというバーチャルの世界だけで生きてるわけじゃないですから、考え過ぎはよくない。
オフラインあってのオンラインです。
重要なのはあくまでオフライン(リアルな世界)

オフラインが充実していなければオンラインが充実することはありません。
エア充ははっきりいってむなしいです。
※リアルが充実している「リア充」に対し、バーチャルな世界(エア)で充実しているひとのこと

素の自分じゃないともたない

素のキャラじゃないと心がもたないです。
ウソの自分を演じることほど疲れることはありません。

受け入れられなくても仕方ないです。
合わない人間に合わせる必要はない。合う人間は必ずいます。
それを信じるしかありません。

小学生じゃないので友達100人なんかいりません。
100人と深く付き合うなんて私には無理です。

周囲の目を気にしていても仕方ない。
周りも意外と興味ないというのが事実です。

だって、みんな自分のことで精一杯ですから。
周囲の目を気にするというのはある意味では自意識過剰です。

最近やっと素の自分になれました。
自分に正直に生きるのが幸せへの一番の近道かもしれません。

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