たった一度だけ廃業を覚悟した日

2010年6月に開業してからもうすぐ5年。
一度だけ廃業を覚悟したことがあります。

それは2011年3月11日。東日本大震災。
明日でちょうど4年です。

当時の事務所は浦安。
地元は宮城。

実家の状況がわからない不安と今後の生活がどうなるかわからない不安。
液状化の被害が著しい浦安に事務所を構えるものとして、これから先、はたして売上が立つ見込みがあるのか。
放射能の影響でもしかしたら東京にはいられないんじゃないか。

何もかもわからない不安。
開業一年目、売上もまだままならない状況下での大震災。

今だから言えるのですが当時「廃業」を考えました。
「資格もあるし、どこかの司法書士事務所なら雇ってくれるだろう。」

当時まだ娘が2歳だったのでカッコつけてもいられない。
出した答えは「廃業やむなし」でした。

震災から一週間ほどが経ち、実家とも連絡が取れるようになりました。
被害はなし。実家も少々の破損で済んだようです。
※ちなみに、地元栗原市は2008年の岩手・宮城内陸地震の被害の方が甚大でした

実家は新聞販売店を営んでいます。

震災の影響でガソリンスタンドには長蛇の列。
なかなか給油ができない状況でした。
車社会の田舎では車が使えないと身動きが取れません。
新聞配達も当然車で行います。
そもそも当日配達する新聞すらなかなか届かないという話を母から聞きました。

そのとき私は電話で母に尋ねました。
「こんな状況なのにそれでも毎朝配達しなくちゃダメなの?」

母の返事はこうでした。
「アホ。読者は毎朝届けられる新聞の情報だけが頼りなんだよ。お前と違ってネットで調べられる人だけじゃねーんだ。みんな楽しみに待ってんだよ。新聞が毎朝家に届くってことは当たり前のことなんだよ。」

震災後、自分のことしか考えていなかった私。
「お客様のため」という視点が私にはスッポリ抜け落ちていました。
震災をきっかけに一番大事なことを母から教わったわけです。

この母の言葉を聞いたとき、廃業することはやめようと決心しました。

不思議なことに気持ちが前向きになると、震災後とはいえ依頼が順調に来るようになりました。
自粛ムードの流れの中、前に進もう前に進もうとしてる方は少なからずいる。

まだまだ震災後の情報が不確定な3月下旬。
会社設立の依頼でそれを実感しました。
私が会社設立を専門にやろうと思ったきっかけも震災になるわけです。

あれから4年。
おかげさまでなんとか事務所経営を続けることができています。
一日一日の“当たり前”の積み重ねが重要なんだと思わずにはいられません。

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