国家資格という看板に依存していないか

今日は好評だったこの記事の続きです。

【資格がなくても今の仕事ができるとしたら、それでも今の仕事をやるだろうか。】
⇒ http://ryoki-blog.net/2014/10/entry3547.html

大手企業に勤務していたひとが一念発起で脱サラ。
「もう自信はついた。独立しよう。」
しかし、なかなか売上が伸びず廃業するハメに。
「顧客は、大企業の社員だからこそ自分にいい顔をしていた。」
「やめた途端知らんぷり。いかに“会社の看板が大事だったか”ということを思い知った。」

これは脱サラ起業あるあるです。
私もよく銀行や役所などで偉そうな担当にあたると
「◯◯銀行という肩書きがなくてもこのひとはそんなに偉そうにできるのかねえ」
とよく思います(笑)

「独立してやってごらん。」
「いかに自分が会社の看板に守られているかわかるから。」

性格悪いですね。でも本心です。

しかし、そういう自分も“国家資格”というお墨付きの看板で生活していた

私は司法書士、国家資格の持ち主です。
もちろん名刺にも「司法書士」と記載しています。

さっきの会社の看板の話。
独立してやっているとはいえ我々国家資格者も同じなあと。

33歳とまだ若いのに司法書士だから「先生」と呼ばれますし。
「司法書士だから」ですよね。「佐藤良基だから」ではなく。
※ちなみに私は先生と呼ばれるのは好きじゃありません。

私は仮に司法書士という資格がなくなっても起業家としてやっていける人間になりたいと常々思っています。
決して司法書士という資格の将来を悲観しているわけではなくあくまで私の理想です。
もちろん自分の身に何が起こるかわかりませんからリスクヘッジの意味もあります。

だからこそ、司法書士という国家資格に依存している現在の状態に不安を感じています。
もし、「司法書士という看板を外してやれ」と言われたら途方に暮れるでしょう。

尊敬する社労士さんの例

昨年、いつもお世話になっている尊敬する社労士さんのセミナーを受講しました。
そのときに話していた内容で衝撃だったのが次の話。

「私は社労士と名乗らないことにしています。名刺にも書いていません。」
「社労士と書くことによって他の社労士と比較されてしまう。」
「就業規則いくらでやってくれるの? あの社労士さんは◯◯万円だったけど。」
「私は社労士ではあるけれど、社労士をあえて名乗らないことによって他の社労士と比較されないようにしています。」
「だから他の社労士さんよりも高い金額で顧問やコンサルを受注することができるんです。」

この話。聞いていて久々に目からうろこが落ちました。
この社労士さんはまったく国家資格に依存していない。
むしろ隠してしまっている。

資格を表に出さないことが即すなわち誰にとってもいい方法だとは思いません。
しかし、この社労士さんはダントツで結果を出している。
おそらく社労士の登録を外してもあまり影響はないでしょう。

資格に依存する状態から資格を道具として利用する状態へ

「資格に依存する状態」

◯司法書士の資格を取れば将来安泰!
⇒司法書士は登記が専門だから登記やる!
⇒登記の案件こないなあ…
⇒登記は取れないから後見勉強しよ!
⇒後見ってこんなに大変なんだ…

これは完全に自分のやりたいことが見失っている状態。資格依存状態です。

「資格を道具として利用する状態」

◯起業家のサポートがやりたい!
⇒司法書士の資格を取れば法人化のサポートもできるぞ!
⇒起業家と専門家をマッチングするコミュニティを作ってサポートしたい!
⇒理想的なコワーキングオフィスを作りたい。ニーズありそう!
⇒起業からIPO、M&Aまでフルサポートできるプロ集団を作ろう

こちらはやりたいことがあり、その手段として資格を利用する状態です。

資格を取るとどうしても資格の中だけでビジネスを考えがちですが、別に司法書士が物売ったって、講演したっていいわけです。
まあ、スタッフを雇用してると「うちの所長、なんか変なことはじめた。」って不安にさせるかもしれませんが(笑)
そういうのを気にしなくていいのも「ひとり事務所の強み」です。
どんな時代の変化にも対応できるような“筋力”を今のうちから付けておきたいものです。

類似の記事:

人気の記事:

はてなブックマーク - 国家資格という看板に依存していないか
Pocket